2016/08/11

[大田区] 真夏の昼下がり 池上本門寺 参拝 16.08.11 15:00


日蓮宗 池上本門寺



 目黒雅叙園からの池上本門寺。
 なんとなく真っ直ぐ帰るのがもったいなかったので・・・。






 目黒雅叙園の和の灯り展を車で見に行っての帰り道。
 お盆(一応、お盆でいいんだよなぁ)ということで道は空き空き。
 あっという間に大田区まで戻ってきて川を渡れば神奈川県。
 それじゃもったいないということで、池上本門寺を参拝です。


 日蓮宗の大本山、池上本門寺。
 ここは日蓮入滅の地。
 身延で病にかかった日蓮は湯治のため日立へ向かう途中、池上宗仲の屋敷にて没。61歳だったそう。
 重い病の人が山梨の身延から湯治に向うって・・・そんなこと有りだったのだろうか?

 日蓮の没後、池上宗仲が法華経の文字数、六万九千三八四坪を寺領として寄進。現在に至るです。
 この場所ですから、戦争では伽藍の多くを焼失。復興は最近のことなのだとか。


 最寄り駅は大田区蒲田からの池上線っていうことになるのかな?
 大田区でも蒲田、池上という土地柄か、どこか下町情緒が残る門前。
 そこに突然と現れる広大な緑地。
 池上本門寺の寺領とデイキャンプ場などを備える池上公園。
 下町のオアシスっていう表現は今ひとつ的を得ないかな?



日蓮宗 池上本門寺




 駐車場に車を止めて本堂の脇を通って一応総門に回る。
 やっぱり参拝はここから初めないと気持ちが悪い。
 総門側に駐車場をつくってくれればいいのにとは思うけれども、都市の寺院ではそうも行かないのだろう。

 総門は17世紀末の建立。本門寺と有る額の文字は本阿弥光悦の筆。
 最も今かかってるのはレプリカらしい。
 小ぶりでは有るけれどもいい門構え。大田区指定有形文化財だそうです。



日蓮宗 池上本門寺



日蓮宗 池上本門寺




 総門をくぐると境内。
 参道には、本門寺名物の此経難持坂が。
 法華経宝塔品の偈文の96文字にちなんだ96段の石段は加藤清正の寄進だそう。
 なかなか味わいの深い石段は夏の暑いさなか倒れそうです。



日蓮宗 池上本門寺



日蓮宗 池上本門寺




 必死の思いで上がった此経難持坂の先にあるのが仁王門でこれが三門。
 三門は空襲で焼け落ちてしまって昭和52年、鉄筋コンクリート造の再建、仁王像は昭和54年の新造。
 旧三門は徳川二代将軍秀忠の建立で国宝に指定されていた。空襲とはいえ惜しいことをしました。



日蓮宗 池上本門寺




 ホントはここから境内を回るべきなんだけれども、今日は墓地へと迂回。
 池上本門寺には空手チョップのチャンピオン、力道山が眠っているので。


日蓮宗 池上本門寺



日蓮宗 池上本門寺




 本門寺の墓地には力道山の他にも、幸田露伴、市川雷蔵、児玉誉士夫、大野伴睦など有名人が多数。
 今度ゆっくり訪れてみたいなぁ。他人の墓参りに・・・(笑)



日蓮宗 池上本門寺



日蓮宗 池上本門寺




 墓地には五重塔も建っている。
 この五重塔、他の伽藍から若干離れているため空襲でも焼けずにすんだのだそう。
 関東では最も古い五重塔なのだとか。もっとも、幕末以前からの五重塔って関東には4基しかないらしいのでかなり貴重なんだろうなぁ。
 旧国宝の重要文化財です。

 そもそも、徳川秀忠15歳のときの病気平癒祈願のために建てたもの。
 願いが叶わなければ、秀忠が将軍でなかったかも・・・そうなるとその後の将軍も・・・。
 歴史にもしはないんだけれど。



日蓮宗 池上本門寺



日蓮宗 池上本門寺




 境内に戻ります。
 どーんと大堂。巨大です。
 昭和39年の建立。鉄筋です。
 旧大堂は加藤清正の寄進で、江戸市民はこれを大堂とよび、増上寺を小堂と呼んでいたとか。
 驚きの大堂見てみたかったなぁ。



日蓮宗 池上本門寺



日蓮宗 池上本門寺




 今日はこれに本殿を遠くに見て終了。
 鉄筋でも凛としえいました。



日蓮宗 池上本門寺




 うーん、もう少し時間があればゆっくり回りたかったけれども、なんせ夕刻迫る時間になってしまったので。

 本堂の奥には庭園も有り、多宝塔有りと見どころは満載。
 暑くないときにゆっくり来たいと思う、日蓮宗の大本山です。
 何しろ、大田区なんて言う場所なのに参拝客は駐車場が無料というのがありがたい。

 ぜひ庭園を見に来なければ。

 庭園の公開は9月上旬。のみ・・・。
 池上本門寺は、江戸攻めのときの新政府軍の本陣で、江戸城無血開城に関して、勝と西郷の会談の場の一つですから。
 それもまた、歴史好きにはたまらない理由のひとつです。






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